勝手に記念しまして本日はとっておき画像をご紹介します。
かなりインパクトがあるスポーツ新聞の見出し事例。

見出し「麻原 寝やがった!!」
スポーツ新聞に限らず「新聞の文章」というものは、
記者の個人的な「主観」は出来る限りおさえて、
世の中の多くの人がわかる様に「客観的」な書き方を
するものだと思います。
ですがこの見出し事例は一人の記者の個人的な感情に基づいて
発っせられた文章です。
しかしオウムの事件は、国民のほとんどが同じ様な感情や感想を
抱いていた事件なので、きわめて「個人的な怒り」的な
メッセージであったとしても、許せてしまう社会的な空気感は
あったと思います。
それ以前に、この妙なインパクトに私はすっかりやられました。
「寝やがった」って。
個人的な思いなのに多くの人々の共感を得るという意味では
優れた広告コピーのヒントが隠されている気がします。
3ヶ月継続、おめでとうございます。
返信削除にしても、これすごいっすね。
『寝やがった』って。
間違いなく、
「あの野郎」が頭に付いてましたね。
確かに、対象があの麻原だから許せるんでしょうね。
これが、陸上の麻原だったら、
全く成立しませんもんね。
後にも先にも、
返信削除こんなインパクトがある
「見出し」は、見たことがありません。
個人的な「叫び」や「主張」というのは
ハマれば爆発的なパワーがある気がします。
報道記事に見られる「客観的な主張」や
広告に見られる「企業」という
エタイが知れない集合体のメッセージよりも
人間は、誰か個人の「想い」を通じて
情報やメッセージを受け取りたい、
という本能がある気がします。